江戸呑み……丸太ごうし(浅草馬道)

■江戸東京…敬意を表する先輩同輩が営む名店

■丸太ごうし(浅草馬道)

 

浅草吾妻橋の信号神谷バー前から馬道通りを北上し、伝法院通りの入り口を過ぎ左に弁天山美家古寿司。さらにすすみ二天門前の信号を過ぎ、もう少しで言問通り馬道の信号にぶつかろうかという所の左側に大正十五年創業東京おでんの老舗「丸太ごうし」。本郷の「呑喜」湯島の「多古久」などとともに東京おでんの老舗として挙げられる名店で当代が三代目。知り合いの若旦那と田原町の鎌寿司でやったあとに軽くもう一杯ということで寄ってみる。時刻が八時半をまわっていたせいか先客はテーブルに一組のみ。カウンターのおでん鍋の前に陣取る。おでん鍋といえば先述の老舗二件が関東風の丸いおでん鍋を使用しているのに対し、こちらはステンレス製の四角い関西風鍋、六切りの仕切りがあるタイプ。これはこの店が大正時代に暖簾分けをうけた上野御徒町の元祖「丸太ごうし」が、実は大阪ルーツの改良東京おでんを食べさせる店であったことが影響していると考えられる。

※下写真左が本郷の「呑喜」、右が湯島の「多古久」の関東風おでん鍋。

 剣菱のぬる燗をもらうと大根・蒟蒻・スジをもらう。先ほどの寿司屋でさんざん冷酒を呑んで来たせいか燗酒が旨い。おでんは昆布と鰹出汁が効いたこれぞ東京風という趣、東京のおでん文化は河岸の鰹節文化とともに発展してきたということが頷ける。よく染みた大根は夏大根のわりに甘みがあって旨い。燗酒の替わりをもらう。東京おでんで「すじ」といえば筋蒲鉾のこと。関西では牛スジを指すが東京では基本おでん鍋に肉類は入れない(呑喜の袋など一部例外あり)。よく染みたすり身に鮫の軟骨の食感がたまらない。おでんはただ何でも煮ればよいというわけではなく、竹輪などは煮すぎると出がらしになってしまい旨くもなんともない。また「ケチが作るおでんはケチな味になる」というこの店の先代の名言にありように、出汁の鰹節はたっぷりと使いどんどん追い鰹をしていくおでん汁が旨い。ご主人が丹念に種を上に下にと動かしている。追加で竹輪・はんぺんをもらう。はんぺんは出汁を吸った表面がひっくり返される事により今度は熱で炙られ香ばしくなる。この繰り返しで絶妙な旨さになっている。

久しぶりの東京おでんに剣菱のぬる燗・・・至福のひと時。三代目ご主人との楽しい会話も尽きないが、今回は二件目ということとぼちぼち閉店時刻も近くなってきた為この辺でお勘定をしてもらうことに。素直に帰るのかと思いきやタクシーで上野仲通り方面へ移動、深夜まで若旦那に付き合うことに・・・。


■丸太ごうし

 

東京都台東区浅草2丁目32–11

03−3841−3192